日本語教師は食ってけない?そんな噂を検証中。

④-1オーストラリアで大学院進学を決意、学費を工面するために取り組んだこと

2018/09/16
 
オーストラリア メルボルン 大学院
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だいきせんせい
1984年 佐賀県に生まれる。民間企業、自衛隊、英語教員を経て海外へ。2年間のオーストラリア留学で貯金はほぼゼロ、今は台湾で日本語教師として会話力を身に付けることに焦点を絞り大学、企業、オンライン等フリーで活動中。教材作成、ナレーション、日台交流イベント等多岐にわたって挑戦中。海外生活はアメリカ1年、ジブチ共和国4か月、オーストラリア2年。台湾2年です。人生悩んでるそこのあなた。僕も悩んでます(笑)一緒に道を切り開きませんか!

 

世界のみなさん

おはこんばんちは

 

いけだいき です。

 

オーストラリアの

専門学校を目指すも

 

 

受講者が少ないという理由で

突然、入学許可を取り下げられ

 

ショックで

気持ちがんだけれど

 

これを好機と捉え

大学院進学に目標を切り替えた。

 

 

当時33才

 

 

社会人経験が考慮され

1年半での卒業が認められた。

 

オーストラリアに来た当初

33才で帰国予定だった。

それから色々あって、いま33才

 

 

どうしても36歳までには

日本で教員として働きたい。

 

そう考えていたので

ギリギリ間に合う。

 

 

目標も定まり

勉強とアルバイト

精を出す日々。

 

 

進学のために必要な

 

IELTS(アイエルツ)という

テストのスコアは

 

 

回受けて

ようやく目標到達

 

 

 

1回3万円程度するので

痛い出費

 

それでもなんとか順調

前に進んでいる。

 

 

 

残すは

学費の問題

 

 

年間約250万円

卒業までにかかる学費と生活費

見積もると、約800万円

 

これをどうやって捻出するか。

 

 

時間も限られているので

やれることはやってみようと

色んな事に挑戦した。

 

 

 

まずは

アルバイト

 

 

学生ビザ

オーストラリアへきた場合

週20時間しか働けない。

 

しかし

学校がホリデー期間中は

40時間働くことができる。

 

られた時間の中で

いかに効率的にお金を稼ぐか。

 

 

一時帰国して教師をするより

貯金できる勝算はある。

 

 

だから

帰国をばなかったわけで

 

 

 

帰国しないと決めた以上

何事にも率先して全力で

取り組まなければいけない。

 

 

お金を貯めるために

 

取り組んだことは

大きくわけて3つ

 

 

一つ目は

 

建築関連の仕事

 

 

知り合いに

内装の仕事を紹介してもらい

 

 

人が足りないということで

1日だけ手伝うことができた。

 

 

建築やビルの関連の仕事は

オーストラリアでは

かなりの高給取りのバイト

 

 

この一回のチャンス

一回で終わらせないため

 

 

効率よく作業ができるよう

段取りをして作業場を常にきれいに保つ。

 

 

また、気づいたことは些細なことでも

ボスに報告した。

 

 

仕事が終わるころ

 

 

ボスに呼ばれ

明日も空いてるかと聞かれ

 

 

もちろん答えはYES

 

 

電話番号を交換

 

その後も仕事があるたびに

連絡をもらう関係になった。

 

 

出会った最初の頃

 

 

ボス

シドニーからメルボルンまで

飛行機で2時間かけて来ていた。

 

 

ときには、経費削減のために

車で9時間かけてくることもあった。

 

 

 

しかし、時折

 

 

〇〇○ドル渡すから

これとこれをやってくれ

電話で指示をされるようになった。

 

 

おかげで

破格のバイト代で働くことができた。

 

 

当時住んでいた

メルボルン周辺レストランの

時給(約20ドル)より

 

4,5倍高いときもあった。

 

 

 

ボスは来る手間が省けコスト削減

私は高額なバイト代をもらえる

 

 

信用してもらうことが

自然とお金にむすびついた。

 

できないことも

積極的にやらせてもらう。

 

 

「まぁいいか」と思った時は

立ち止まって納得できるまで取り組む。

 

そういうことの積み重ね

 

信頼を築くことへ

繋がったのだろう。

 

 

この仕事で

 

 

語学学校の

教室作りに携われたことも

 

 

いい思い出である。

 

 

自分が作った環境

 

 

これから英語を学びに

世界中から学生が来る。

 

そう思うと

 

 

自分がメルボルンの地で

語学留学を始めた頃を思いだす。

感慨深い。

 

 

学費捻出のために

取り組んだことは残り2つ

 

それは、次のブログで。

 

 

ぼやき

台湾に来た経緯なのに、なんだか、オーストラリアでの出来事を細かく書きすぎてるような。。。

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だいきせんせい
1984年 佐賀県に生まれる。民間企業、自衛隊、英語教員を経て海外へ。2年間のオーストラリア留学で貯金はほぼゼロ、今は台湾で日本語教師として会話力を身に付けることに焦点を絞り大学、企業、オンライン等フリーで活動中。教材作成、ナレーション、日台交流イベント等多岐にわたって挑戦中。海外生活はアメリカ1年、ジブチ共和国4か月、オーストラリア2年。台湾2年です。人生悩んでるそこのあなた。僕も悩んでます(笑)一緒に道を切り開きませんか!

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