日本語教師は食ってけない?そんな噂を検証中。

④-2オーストラリアで大学院進学を決意、学費を工面するために取り組んだこと

2018/09/16
 
メルボルン 学費 工面
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だいきせんせい
1984年 佐賀県に生まれる。民間企業、自衛隊、英語教員を経て海外へ。2年間のオーストラリア留学で貯金はほぼゼロ、今は台湾で日本語教師として会話力を身に付けることに焦点を絞り大学、企業、オンライン等フリーで活動中。教材作成、ナレーション、日台交流イベント等多岐にわたって挑戦中。海外生活はアメリカ1年、ジブチ共和国4か月、オーストラリア2年。台湾2年です。人生悩んでるそこのあなた。僕も悩んでます(笑)一緒に道を切り開きませんか!

世界のみなさん おはこんばんちは

どうも いけだいきです。

 

 

 

台湾に来るまでの経緯の中で

 

オーストラリアのメルボルンで

大学院を目指し

 

 

学費を工面していた頃に

遡っています。

 

 

年間250万円の学費を工面するため

試行錯誤。

 

 

最初に挑戦したのが

内装工事のお手伝い

 

 

雇い主との信頼関係を築き

破格のバイト代をゲットすることができた。

 

 

 

これからの話は

定期的にアルバイトをしていた

エンポリウムという商業施設内の

フードコートでの話。

 

 

 

アイエルツや

ケンブリッジ英検取得のために

学校に通いながら

 

 

韓国人経営の寿司屋さん

で働いていた。

 

 

飲食店でのアルバイトは

 

 

10年以上まえに3か月程

居酒屋でバイトしたことしかない。

 

 

仕事覚えは悪く

 

怒鳴られてばかりで辞めた。

 

 

 

そのトラウマもあり

 

 

30歳を過ぎてまで

飲食店でアルバイトなんて

本当はやりたくなかった

 

 

今はそんなことは言ってられない。

 

 

とは言っても

レジ、接客、料理のオーダー、弁当の準備

最初は本当にパニック。

 

 

毎回180%くらいで行動しないと

周りのスピードについていけない。

 

 

食事時や週末は、

本当に大勢の来客でごった返す中、

本当にパニックだった。

 

 

 

どうにか仕事を覚えるために

やったことといえば、

 

 

 

店の間取りを紙にメモし、

どこに何があるかを記入する。

 

 

レジでも使う機器の写メを取って印刷して、

自宅で練習する。

 

 

メニューの名前や細かな内容

 

 

えば、鶏肉のどの部分を使っているか、

グルテンフリーか、ナッツは使っているかなど

 

 

事細かに書いた。

 

 

 

仕事中

自分しか読めない字で雑な字

 

 

 

帰宅後にそれをまとめる作業。

 

 

 

れてきたころには

 

 

どのキッチンスタッフが何を作ったのか

見分けれるまでになっていた。

 

 

採用されて1週間

 

 

ボスやマネージャーに対して、

 

大学院の学費を稼ぐために

多く稼ぎたいと直談判

 

 

 

もちろん最初は怪訝な顔をされた。

 

 

みんな給料あげてほしいし

沢山働きたいんだと。

 

 

わかっている

 

 

それはわかっているけれど

誰よりもできるようになるからと

 

しつこく

直談判

 

 

そうした以上

中途半端なことはできない。

 

 

 

最初は

周りのスタッフの風当たりも強かったが

少しずつ風向きが変わっていった。

 

 

私の潔癖な性格が

幸いしたのだ。

 

 

自分が取り組んだことは

日本では当たり前なのかもしれないが

 

 

そのレストランでは

誰も気に留めていなかったようだ。

 

 

具体的

すべてを挙げてみると

 

 

時間があれば

自分の持ち場はピカピカにした。

 

 

レジ周り電気のスイッチなど

ホコリが隠れていそうなところを

ピカピカに磨き上げ

 

 

セロテープやガムテープの

古い剥ぎ残しなども

 

 

激落ちくんで磨きあげた

 

 

さらに

 

 

ボロボロの紙に書いてある

オープンクローズのルールなど

 

 

全てコンパクトにまとめて

壁に貼りなおしたり。

 

 

ホコリが乗りそうな

段差という段差は毎回磨き

 

 

見えない棚の奥もピカピカ

 

 

 

救急箱の中身や

 

備品がぐちゃぐちゃ

投げ入れてあるようなところも

すべて整理コード類もすべて拭き上げる

 

 

タッチパネル式のレジ

スクリーンを丁寧に拭き上げ

 

 

タイプ式のレジには

毎回サランラップをきれいに巻き

 

汚れの侵入を防ぐ徹底ぶり。

 

スタッフからは

お前はウェイターじゃなくてクリーナーだな」

嫌味を言われたり笑

 

 

バイト中一度は倉庫

補充品を取りに行く決まりだが

 

 

 

他の子たちは、

ある意味その時間は

唯一のんびりできるので

 

時間をかけてゆっくり戻る。

 

 

の場合は

絶対に彼らの戻ってくる時間より

早く戻り、補充品も

完璧に揃えるようにした。

 

 

さらにさらに

 

 

必ず倉庫をきれいに整理

全商品の数を把握した。

 

 

どこに何がいくつあるか

すぐに報告できる状態に準備すつためだ。

 

 

 

その結果

 

 

バイトを始めて10日目

 

 

 

倉庫の在庫備品

管理を任せてもらえるようになり

 

 

バイト代もアップ

嬉しい限りだ。

 

 

話は少し逸れるが

 

 

レストランで働くメリットといえば

食費代が浮くこと。

 

 

 

おかげで食費

ゼロに抑えることができた。

 

 

 

閉店まで働く場合

全ては廃棄処分するので

持って帰ることができる。

 

 

私の極貧生活に理解のあるマネージャーは

毎回私のシフトを閉店時間に合わせてくれていた。

 

 

 

おかげで毎回

 

 

余りの弁当を

持って帰ることができた。

 

 

正直飽きてくる。

 

 

そういう時は

 

 

周りのフードコートに

満面の笑みで近づき

 

 

お互いの夕ご飯を

交換する。

 

メキシコ、韓国、イタリア

アメリカ、中国、日本

 

 

色んな国の料理を

食べることができた。

 

 

ドリンクを販売するお店では

大量のジュースとお弁当を交換してもらい

 

 

一緒に働く仲間たちに配る

 

 

そんなことをしていると

少しずつみんなとの距離も縮まった。

 

 

 

あまり健康的な食生活とは言えない。

 

 

けれど、タダほど

ハッピーなものはない。

 

 

おなかが膨れるだけでも

十分幸せ

 

 

このレストランに

入った頃は想像ができないくらい

頼りにしてもらえたことが

 

何よりも

自分の自信につながった。

 

 

 

帰国が決まった頃

 

社長から食事に誘われ

手紙を渡された。

 

 

そこには

 

 

何があっても

きっとうまくいく

 

という言葉と共に

 

 

日本円にして

約10万円が入っていた。

 

 

から嬉しかったし

感謝しかなかった。

 

 

 

バイトだからと手を抜かず

誠心誠意で行ったことは

 

信頼という形で

返ってきたのだと感じた。

 

 

自分の言葉や行動

30代の自分だからこそ

 

 

築けたのかもしれない。

 

 

年をとっての留学も

悪くないなと思えた。

 

 

 

ぼやき

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1984年 佐賀県に生まれる。民間企業、自衛隊、英語教員を経て海外へ。2年間のオーストラリア留学で貯金はほぼゼロ、今は台湾で日本語教師として会話力を身に付けることに焦点を絞り大学、企業、オンライン等フリーで活動中。教材作成、ナレーション、日台交流イベント等多岐にわたって挑戦中。海外生活はアメリカ1年、ジブチ共和国4か月、オーストラリア2年。台湾2年です。人生悩んでるそこのあなた。僕も悩んでます(笑)一緒に道を切り開きませんか!

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